第5課 『仮名手本忠臣蔵』の女性達
(青緑色で表示された言葉は上級語彙。クリックすると、言葉の意味や画像を見ることができる。太字のえんじ色で表示された言葉には、幾つかの異なる意味や使用上の制限がある。クリックすると、その言葉の持つ深さについての説明を見ることができる。)
1.物語における女性の役割
『仮名手本忠臣蔵』は一見、主君に忠義を尽くす家臣たちの物語であり、三人の主要な登場人物の死をめぐって話が展開(てんかい)する。しかしこの三人の男性の死のきっかけを作ったのは女性たちである。女性たちの行動は愛や思いやりに基づいたものであるが、その行動が結果的には男性の死に繋(つな)がる。しかし女性は全員生き残(のこ)る。その中でも男性の運命(うんめい)を大きく変える役割を果たすのが次の三人の女性だ。
2.顔世御前
(1)「大序」には塩冶判官(えんやはんがん)の妻顔世御前(かおよごぜん)が登場(とうじょう)する。将軍の弟足利直義(あしかがただよし)が鎌倉(かまくら)の鶴岡八幡宮(つるがおかはちまんぐう)に参詣した日、接待役であった高師直(こうのもろなお)は、彼を補佐していた塩冶判官の妻だということを承知(しょうち)の上で、その場に居(い)た顔世御前にこっそりと恋文を渡(わた)した。
(顔世御前に言い寄る高師直)
これは『太平記』中のエピソードに基(もと)づくもので、実際の赤穂事件(あこうじけん)では、塩冶判官(えんやはんがん)のモデルとなった浅野内匠頭(あさのたくみのかみ)の妻が吉良上野介(きらこうずけのすけ)に直接会うことはなかった。顔世御前は短気な夫に相談するよりむしろ自分だけで解決(かいけつ)した方がいいと考え、師直に断りの手紙を書くことにした。
(2)翌日、新しく建てられた御殿で足利直義(あしかがただよし)を迎(むか)えて儀式(ぎしき)が行われる日、顔世御前の腰元を勤(つと)めるお軽(かる)が、塩冶判官の家臣(かしん)早野勘平(はやのかんぺい)を経由(けいゆ)して判官にその手紙を届(とど)けた。判官は、鶴岡八幡宮(つるがおかはちまんぐう)での事情(じじょう)を知らないまま、妻の手紙を師直(もろなお)に渡(わた)した。その直前、師直は桃井若狭之助(もものいわかさのすけ)とのもめ事があり、機嫌(きげん)が悪かった上に、自分の恋文(こいぶみ)が拒絶されたことを知ってますます腹(はら)を立てた。さらに、手紙の内容を夫の判官も知っていて自分を嘲笑っているのではないかと疑(うたが)い、怒りを抑え切れずに判官をしつこく侮辱し始めた。これに耐えられなくなった判官が御殿内(ごてんない)で師直を切ろうとして切腹(せっぷく)に追い込まれたのである。
(塩冶判官をしつこく侮辱する高師直)
3.お軽
(1)赤穂事件(あこうじけん)の指導者大石内蔵助(おおいしくらのすけ)と関係のある人物として、お軽という女性は実在(じつざい)したようである。しかし『仮名手本忠臣蔵』のお軽はほぼ架空(かくう)の人物だ。顔世御前の手紙を判官に届けてしまったお軽こそが、全ての悲劇(ひげき)の直接(ちょくせつ)の責任者(せきにんしゃ)であり、その意味で非常に重要な役割を演(えん)じている。判官が切腹を命じられたのは、師直にひどい侮辱(ぶじょく)を受けて御殿内(ごてんない)で刀を抜いたからである。その時師直は顔世御前からの手紙が原因で激(はげ)しく怒(おこ)っていた。その手紙を大切(たいせつ)な儀式(ぎしき)の朝にお軽が塩冶判官に届けなければこのような悲劇は起こらなかったのだ。
(お軽と勘平)
(2)顔世御前は師直(もろなお)に宛てた手紙を夫の判官(はんがん)に届けてほしいとお軽に頼(たの)んだものの、思い直して、特別儀式(ぎしき)の当日(とうじつ)には持って行かないようにと言った。皆(みな)忙(いそが)しくしていて、間違いが起こるといけないと恐(おそ)れたのだ。しかしお軽は顔世御前の複雑(ふくざつ)な状況を察することができず、恋人の早野勘平(はやのかんぺい)に会いたい一心で、儀式の前に手紙を届けに御殿(ごてん)に行ってしまった。この軽率な行動が、塩冶判官が高師直(こうのもろなお)に切りつけるという大(だい)事件の引き金になったのだ。その事件は、勘平がお軽に誘(さそ)われて御殿を抜(ぬ)け出(だ)している間に起こった。主君の一大事に側(そば)にいなかった勘平はその場で切腹(せっぷく)しようとするが、お軽がそれを止めた。何としても勘平に生きていて欲しかったからだ。お軽はその後(ご)勘平のあだ討ち参加に必要な資金(しきん)を作るために遊郭に身を売る決心(けっしん)もした。あだ討(う)ちはどうでも良かったが、勘平を助けたかったのだ。しかし勘平(かんぺい)は結局(けっきょく)切腹(せっぷく)する。彼の死を知ったお軽は生きる希望を失(な)くし、一度は死のうとした。お軽の行動は全て勘平に対する深い愛に基づくものだった。だがその深い愛が塩冶判官(えんやはんがん)ばかりでなく勘平の死も招(まね)く結果となり、一方(いっぽう)お軽は生き残った。
(左・切腹しようとする勘平を止めるお軽、右・勘平といれば幸せなお軽)
(遊女になったお軽)
4.小浪
(大星家のある山科(やましな)に向かう途中の小浪と母の戸無瀬(となせ))
二・八・九段目に登場する小浪は、桃井若狭之助(もものいわかさのすけ)に家老として仕える加古川本蔵(かこがわほんぞう)の娘だ。架空(かくう)の人物である。この劇の中で小浪は大星由良之助(おおぼしゆらのすけ)の息子力弥(りきや)と婚約(こんやく)していた。ところが本蔵は、高師直に賄賂(わいろ)を贈(おく)ったばかりでなく、塩冶判官が師直に切りつけた時後(うし)ろから判官を抱(だ)き止(と)めて師直の命を助けたため、塩冶家の家臣(かしん)たちに恨(うら)まれることになった。塩冶家(えんやけ)の敵(てき)となった自分が生きている限り娘が力弥(りきや)と結婚できる望みはない。そう考えた本蔵は、力弥の手にかかって死ぬことで自分の罪(つみ)を償い、娘を大星家に受け入れてもらおうとした。
(左から・小浪、本蔵、戸無瀬、由良之助)
忠義(ちゅうぎ)にならなければ命を捨(す)てることは許(ゆる)されない武士(ぶし)が、娘のために死ぬことを選(えら)んだのである。主君に対する忠義よりも娘への愛を選んだ本蔵の行動は、武士の道徳(どうとく)には反するかもしれないが、父親としての深い愛は、特に江戸時代、観客の大半(たいはん)を占(し)めていた町人の心に響(ひび)くものだっただろう。